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大阪高等裁判所 昭和60年(ネ)1690号 判決

控訴人 立川克巳

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 小野一郎

被控訴人 田中長太郎

右訴訟代理人弁護士 丸山英敏

同 横田保典

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

《省略》

理由

一  請求原因1、2についての当裁判所の判断は、次のとおり訂正するほか、原判決理由一、二と同一であるから、これを引用する。

《証拠訂正省略》

二  被控訴人は、本件各手形振出について、控訴人らに商法二六六条の三の規定による取締役としての損害賠償責任がある旨主張するので以下検討する。

1  控訴人両名が本件各手形振出時エレガントの代表取締役であったこと、エレガントが富士に対し長年資金援助を続けていたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

(一)  エレガントは、昭和一八年三月日本ペン先株式会社から分離して設立された控訴人らの親族を中心とする同族会社であり、昭和三四年五月卓上スチール製事務器の製造を開始し、以来、事務用、家庭用、工業用の各収納用品の製造販売を主たる事業とし、昭和五八年当時で年商約二八億円、右収納用品の市場占有率は文具事務用品、家庭用品、コンピューター関連用品、機械工具関連用品、物流機器用品でそれぞれ一五、六〇、二〇、二〇、三パーセント程度であったが、昭和五八年九月一三日会社更生法の手続開始申立をなし、同年一二月二六日右開始決定を得て、更生会社になった。

(二)  エレガントは、昭和五三年には累積欠損金が三億円近くになっていたが、主力下請業者である富士に対する手形貸付等による資金援助を継続し、右援助はしだいに増加して更生手続開始申立時には手形貸付で約四億円、現金で約一億円という金額にのぼっていたところ、右富士と融通手形を交換しあっていた相手企業の倒産により、富士が事実上倒産してエレガントの倒産が必至となったために更生手続開始申立に及んだものである。

(三)  エレガントは、昭和三〇年代から富士を下請業者としてその製造する工業用収納用品を購入してきたが、エレガントにとって富士の扱う製品の利益率が低く、ために富士の業績も思わしくなく、一時はエレガントの仕入総額の六割に達していた取引額も約二割に落込んでいたものの、なお最大の下請業者であり、まとまった注文があるため富士との取引を断切ることもできず、関連業者の経営が悪化した場合資金援助等を行なって共存共栄しようという経営者の方針により富士に対する資金援助が開始され続行されてきた。

(四)  石川は、昭和五二年三月エレガントの取締役経理部長に就任し、同社の資金繰りをまかされていたが、同人就任時既にエレガントには約三億円の累積欠損金が存し、また富士への融資も開始されており、右融資がエレガントの資金繰り悪化の要因ともなっていることから、富士への融資を減らすべく、富士の経理内容を調査した結果、他業者からの高金利の融資を受けていることが判明し、右融資解消のため富士の銀行等における手形割引枠の拡大や、エレガントからの支払いを現金で行なうなどの手段を講じたものの、富士の経営内容は悪化の一途をたどり、エレガントが富士の倒産に関連して倒産することを防ぐためにも資金援助をふやさざるを得ない状況が続いてきた。

(五)  控訴人克巳は、昭和五五年四月エレガントの代表取締役に就任し、同じく代表取締役である控訴人日出夫とともにエレガントの経営をになうことになったが、控訴人日出夫が病弱のため実質上一人で経営の衝にあたっていた。

(六)  控訴人克巳は、石川に富士への資金援助を減らすよう指示していたものの、業績の悪化をたどる富士への資金援助はふえつづけ、石川に富士の資金繰りの相談にまであたらせるとともに富士の経理内容を公認会計士を使って調査させたり、銀行印を取りあげたりなどしたこともあったが、富士への援助を打切れば富士の倒産は必至であり、そのことが信用不安をささやかれていたエレガントの信用を失墜させ、ひいてはエレガントの倒産へと追込まれかねない状態にあることから資金援助を継続せざるを得ず、エレガントの売上を拡大させて、富士の業績の好転をもはかり、資金援助の減少さらに貸付金の回収をはかるほかはないとの考えからエレガントの事業規模を拡大させ、売上を増加させていった。なお控訴人らは収納用品業界は競争が熾烈であって新規の商品に対する需要いかんによっては大幅な売上増がはかられる業界であるとの認識に立ち、事業規模を拡大させ新規製品の開発を行なってきていたものであり、昭和五七年にはいわゆるヒット商品が出て売上を増加させた。

(七)  控訴人克巳は、昭和五八年八月中旬他の取引業者からエレガント振出の手形が変なところに廻っていると聞き、エレガント振出の手形の調査をしていたところ、富士が融通手形を交換しあっていた企業の倒産に関連して同年八月末ころ事実上倒産し、取引金融機関がエレガントとの取引をも停止したため更生手続開始申立に及んだものであるが、右申立後に初めて富士が他業者との間で融通手形を交換し、約六億もの手形を振出していることや、エレガント振出の手形約八〇〇〇万円をいわゆる町の金融業者から割引いていたことを知った。

(八)  石川は、富士の資金繰り等の相談に与かってきていたが、富士が融通手形を交換しあっていたことを富士の倒産により初めて知り、富士がエレガントからの貸付手形を金融機関で割引いて資金繰りをしているものとの認識のもとに、富士の金融機関における手形割引枠との対比においてエレガント振出の手形貸付の要否を検討してきていたものである。

《証拠判断省略》

2  商法二六六条ノ三第一項の規定は、株式会社の取締役が悪意又は重大な過失により会社に対する義務に違反し、よって第三者に損害を被らせたときは、取締役の任務懈怠の行為と第三者との損害との間に相当因果関係があると認められる限り、いわゆる直接損害であると間接損害であるとを問うことなく、当該取締役が直接第三者に対し損害賠償の責に任ずべきことを定めたものと解される。

そして、融資を本来の業務としない会社が他企業に融資していたところ、右企業が倒産した結果会社が連鎖倒産に追込まれた場合、右融資を決定した取締役が商法二六六条ノ三第一項の規定により損害賠償の責任を負わなければならないことのありうることは否定し難いものの、連鎖倒産に追込まれた場合常に取締役が責任を負わなければならないものではなく、右取締役が会社に対する悪意又は重大な過失による任務懈怠があったときに限られることはいうまでもない。

そこで、本件において控訴人らにエレガントに対する悪意又は重大な過失による任務懈怠があったか否かを検討するに、慢性的に富士の業績は悪く、しかもしだいに悪化してきており、そのことを控訴人らは知りながら、富士に対する融資を増大させてきたものであるが、右に至ったのは富士がエレガントの主力下請業者であり、かって下請の六割をまかなっていたことがあり、関連業者とともに共存共栄をはかりたいとのエレガントの経営方針によって富士への融資が開始続行されてきたこと、その背景には競争が熾烈な収納用品業界においては商品いかんにより大幅に売上を向上させて業績の好転がはかれるとともに、富士の扱っていた製品につきなおまとまった需要があったからであること、富士への融資を継続する過程において、エレガントも約三億円の欠損金を計上するようになったばかりか、富士の業績もますます悪化し、富士の倒産がすなわちエレガントの倒産を招来するものと見透される状況になり、控訴人克巳は富士の倒産を防ぐため石川経理部長管理のもとに富士への融資を継続しながら、エレガントさらに富士の業績を回復させるべく、事業規模を拡大させ、売上の増加をはかっていたところ、富士が他企業と融通手形を交換しあい、右企業の倒産により富士が事実上倒産したため更生手続開始申立に及んだことは前記認定のとおりである。

ところで、会社は営利の追求を目的とする企業であり、その危険と責任において、経営を遂行し、企業の存続発展をはかっていかなければならず、取締役が会社の経営方針や政策を決定するに当たっては、相当な冒険を伴うことは当然であり、その企業人としての経験や識見とこれに基づく合理的計算とにより、会社のために経営上当然予想される程度の政策を実施したものの、奏功しなかった場合に、そのことだけから直ちに会社に対する任務懈怠があるとしてその法的責任を追求することは企業経営の実態にそぐわないことはいうまでもなく、通常の企業経営者として明らかに合理性を欠いたと認められる場合に、はじめて右法的責任を追及することができるものといわなければならない。

この観点から本件につき判断するに、エレガントの富士に対する融資は控訴人ら一部会社関係者のためになされたものではなく、エレガントの経営方針にもとづくものであって、富士がエレガントの主力下請業者であり、競争他社との関係及び将来的展望に立って融資が継続されてきたと窺われること、控訴人らが富士の業績悪化を知っていたとはいえ、エレガントの業績も悪化し、富士の倒産がすなわちエレガントの倒産に至る状況下において、右状況打解のために事業規模を拡大し売上を増加させていたときに、右営業の失敗からではなく、富士が融通手形を交換しあっていた相手企業の倒産に関連して富士が倒産した結果エレガントの経営も破綻するに至ったものであること、控訴人らは経理部長石川をして富士の資金繰り等の相談にあたらせていたものの、富士が他企業と融通手形を交換しあっていることを知らなかったものであり、下請業者とはいえ他企業の経営の全容を把握することは容易でないことに思いを致すと、控訴人両名の富士に対する経理関係の調査や石川の監督に重大な落度があったとまでは解し難く、他に、富士に対する融資のために振出された本件各手形につき、控訴人らに、右融資の実行や経理部長石川に対する監督義務遂行に関し、通常の企業経営者として明らかに合理性を欠いたと認められる事情の存在を肯認するに足る証左はないから、同人らのエレガントに対する悪意又は重過失による任務懈怠があったとまでは解されない。(なお、《証拠省略》によれば、昭和五八年五月見覚えのない手形が回収され、調査したが右時点では富士が融通手形を交換しあっていることに気がつかなかった事実が認められるが、右をもって悪意又は重大な過失による任務懈怠があったとまではいえず、他にこれを認めるに足る証拠はない。)

3  以上のとおりであって、本件各手形振出行為につき、控訴人らにエレガントの代表取締役として悪意又は重大な過失による任務懈怠があったとは認められないから、控訴人らについて商法二六六条ノ三第一項による損害賠償責任があるとする被控訴人の請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。なお、被控訴人の控訴人らに対する請求は商法二六六条ノ三による責任をもとめるというものであるが、その請求原因は同条第一項の主張であり、同条第二、第三項に関する具体的事実の主張立証はない。

三  よって、被控訴人の控訴人らに対する本訴請求は失当であり、これを認容した原判決は相当といえないから、これを取消したうえ被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 乾達彦 裁判官 宮地英雄 横山秀憲)

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